問いの出発点

最初に、私がずっと考えている問いについて書きます。

自分という存在が、どんなふうに人の役に立っているのか。
それをよく考えます。

もっと言うと、自分にしかできない方法で人の役に立つということが、どのように可能なのかを自問自答しています。
私にとってこの問いは、ずっと手放せないテーマです。

『種の起源』を読んで考えたこと

ダーウィンの本を読み始めて、この問いの見方が少し広がりました。

最近読み始めた本に、ダーウィンの『種の起源』があります。
知識としてご存じの方も多いと思いますが、どうやって生き物が進化してきたのかが書かれているらしい本です。

(「らしい」というのはうろ覚えの知識で、まだ読み始めなので、それくらいの理解です。)

そこでは、生き物というのは全く同じような個体はなく、少しずつ違う変化がある、というようなことが書かれていました。

だとすると、人間も一人ひとり違うのは当たり前で、違いがあるからこそ、その人にしか価値を出せないものがあるのだと思います。
違いがあること自体に、価値の種があるのだと思いました

「自分にしかできないこと」は探せば見つかるはず

ここで、私の中で問いの意味が少し変わりました。

そのことから、「自分にしかできない方法で人の役に立つ方法は何か?」という問いは、探せば答えが見つかるはずの問いだと考えています。

しかし、人に合わせて生きてきた私には、それを今のところ、はっきりとは自覚できていません。

そこで、次のようなことを考えました。

「自分にしかできない得意なことは何だろう。
自分が時間を費やしてきたことは何だろう」

“得意”を探すというより、“時間を使ってきたもの”を見直そうと思いました。

私がいちばん時間を使ってきたこと

考えた結果、私がいちばんやってきたことは、人との関わり方でした。

しばらく考えてみて、私にとって最も時間を費やしてきたことは、

「身近・周囲にいる人にどう合わせるか、どうやって波風を立てずに対応していくか。できるだけ仲良くやりたい。」

というものでした。
私が積み重ねてきたのは、人間関係の“バランスの取り方”でした。

憧れていた生き方と、自分とのギャップ

ただ、以前の私は、この生き方をあまり肯定できていませんでした。

正直、個人的にはこの生き方はあまりポジティブではありませんでした。

なぜなら、私が憧れるのは、漫画の主人公的な、情熱的で芯の通った真っ直ぐな生き方であり、または主人公のそばにいる参謀的な、頭の切れるスマートな立ち回りだからです。

しかし、私自身、そのような情熱を周囲に向かって燃やし続けるほどのエネルギーはないですし、何手先を読んで用意周到に、爽快痛快に物事を成すこともできません。

だから、自分の人生なのに納得感のない、まるで漫画のモブのようなじれったさがありました。
憧れと現実のあいだにあるギャップが、ずっと苦しさでした。

時間が経って、見え方が変わった

でも、同じ生き方でも、時間が経つと見え方は変わってきました。

ただ、時間が経つにつれて、見え方が変わりました。

周りにどう思われようと、自分を大事にしてそれを押し通していくことも大事なのは承知しています。
ですが、それには多くの場合、誰かと衝突し、多大なエネルギーを使い、場合によっては大きな怪我をすることがあると知っています。

それが成長や変化で楽しくて仕方ないという人は、私から見れば、それ自体が才能で主人公です。
私には真似できません。
“押し通せる強さ”があること自体、ひとつの才能なのだと思います。

理屈だけでは進まない、人の感情がある

私は、情熱一本でも理屈一本でもない、自分なりのやり方で考えてきました。

また、そんなに大袈裟に考えなくても、理屈で淡々とそつなくこなせるような人間でもありません。

理屈でロジカルに考えた方が合理的で無駄がないことは承知していますが、それでも人の感情や気持ちを汲み取らないわけにはいきません。

いくら理屈として正しくても、それが人に受け入れられるとは限らないこともあると思うからです。
人の気持ちを汲み取ることは、非合理ではなく、現実に必要なことだと思っています。

「中途半端」に見える立場から見えるもの

この立場は、中途半端に見えるかもしれませんが、私にはそう見える理由があります。

人によっては、中途半端なことを言っているように聞こえるかもしれません。
しかし、それは仕方ないのです。

私からすれば、そのようなことを言う人たちの言動が極端すぎて、柔軟さが足りないように見えるのです。

だから私は、少しでも多くの人が柔軟に生きられるように、私なりの考え方を提供できればと思います。
“中途半端”に見える場所にも、柔軟さという価値があると感じています。

バランスを取って生きてきた経験は、価値になるかもしれない

ここまでの経験を振り返ると、ただの我慢ではなく、積み重ねてきたものがある気がします。

憧れの生き方をしていくには、私は小心者すぎますし、不器用で感情的な人間です。

だからこそ、いつも集団の中で人と人のバランスを取れるようにやってきたつもりです。
いつも他人都合の理不尽に前向きに向き合ってきました。

その過程で、私なりにいろいろなことを考え、実践してきました。
その結果、何とかここまで乗り切って生きてこられましたし、自分なりの幸せも徐々に見つけてきています。

一方で、周りからはストレスに高耐性があるように見えるようです。
実際に「そのメンタルの強さは才能ですよ」と上司から言われるくらいには、そう見られるようになりました。
自分では普通だと思っていたことが、他人から見ると強みだったのかもしれません。

この考え方を届けたい理由

もしこれが私の得意なら、発信することにも意味があるかもしれないと思いました。

私としては、ごく自然なことなのですが、もしこれが、私が認識していない私の特技・得意なことだとしたら、私の考え方を発信することで、何かしら皆さんの役に立つかもしれません。

また同じように、分かりにくい得意を持つ人がいれば、それを言語化することで救われる人がいるかもしれないと思いました。
“分かりにくい得意”を言葉にすること自体が、誰かの助けになるかもしれないと思っています。

おわりに

最後に、今の私が届けたいことをそのまま書きます。

私は、理不尽と前向きに向き合うためにいろいろと考えてきたことを、私の価値観を通して皆さんに届けられたら良いなと思います。

そして、あなたが少しでも気が楽になり、前向きに世の中を生きていこうと思える手助けになれば幸いです。
人に合わせすぎて、自分の得意や価値が見えにくくなっている人に、少しでも届けば嬉しいです。

ABOUT ME
ルベア
たぬきの里の名誉住人(名誉 里のもの)ルベアです。 好きなもの:ルートビア、甘い食べ物、旅行 得意なこと:考えたことを言葉にすること 欠かせないもの:薄めのブラックコーヒー
匿名でお悩みを送れます

仕事、キャリア、人間関係、将来の不安、メンタル、日々の「もやもや」などを匿名で募集しています。
個人が特定される情報は書かないようお願いします。